「芸術の秋、自然の秋、子どもの秋」のお話

「芸術の秋、自然の秋、子どもの秋」のお話

園長: すぎもと かずひさ

 小春日和の笠取で恒例の土ひねり体験をした5歳児さん。ひとつ作っては「おかわり!」と合宿所のごはん時かと聞き違えるほどの活気の中で作りに作った作品群は40cm×60cmの段ボール箱にして十数箱を数える。
その創作風景はあまりにものびのびと瞬発力に満ちている。
小さな手から手品のように生み出されて行く小動物に食器、のりもの、モニュメントなどの新たなかたち。
子どもらの前にあるそれぞれの土が躊躇なく即興的に形成され、くっつけられて行く様は発想や思考というにはあまりにも直感的で笑わずにはいられない。
笑いの真意は、複雑かつ論理的な大人の思考を問い直すに十分な「子ども心」への賞賛である。
イメージしてつくられたかたちあり、こねくり回しひねり出しているうちのひらめきから名付けられたかたちあり、いずれの作品もあどけなさのうちにも巧みな力加減と土の感触を楽しんだ手指のあとが水々しいものばかりである。
 
 さて、土ひねりを満喫した子どもらは青空広がる古民家の玄関から緑の戸外へ飛び出して行く。『神様がいるねんで』とつぶやきながらそっと敷居をまたぐ。
勢い余って玄関先で転げる子どもがいる。草木の生い茂る庭は好奇心の天国である。
さあ、バッタ、コオロギ、トカゲ、カエル、名前を知らない生き物たちの世界に出発だ。
子どもらに踏まれて根が弱らないようにと仕切っているしだれ桜のまわりの石もめくられるためにあるようだ。おい!いきなりまぶしいぞ!虫の気持ちになってみろ!!
 
 さわれなかったものがさわれるようになるには不安や恐れを超える好奇心が不可欠である。直接さわれないうちはものや道具の使い方を工夫する。それぞれが手に入れたいくせになかまをけしかけたり、なかまを頼ったりしながら、いつの間にかチームワークが働いてくる。
 
 「虫が捕まえたいねん!」目標はみな同じである。
全身全霊を集中してめくった石のそばを覗き込む。
草が揺れる。
「おった!」凝視から発見、発見から歓声、歓声から追跡、追跡から捕獲、この循環が子どもたちの心身をたくましく情緒豊かに成長させて行く。
その最中にも相手を観察し、特徴をつかんで次なる知恵を働かせる。
未知の体験から既知の体験へ綿々とつづくこのような活動の広がりによってまた新たな欲求が生まれる。
 
 これらの体験の源泉は蟻やダンゴ虫に始まる歩き始めの頃からの身近な自然とのふれあいにある。
このような経験を積み重ねてつくられた陶芸作品であることを肝に銘じておかねばならない。
紛れもないその手が、からだが、心が土をひねったのだ。子どもならではの値打ちが光る秋。

目次