『 ありがとうの夏 』のお話
理事長 すぎもと かずひさ
夏の畑仕事は暑い。汗が目にしみ、景色が歪んで見える。そんな中、子どもたちが藍や野菜を栽培している宇治川沿いの畑で一所懸命、鍬をふるう高校生がいた。彼は夏の間、職業訓練を兼ねて実習に来ているのであった。ザスッザスッザスッと土を掻く小気味よい音。頑張り具合がうれしい。
程なく、年長児さんがやって来た。「どうなってるかなぁ?」「大きなってるかなぁ?」「虫に食べられてませんように・・・」。願いと心配のいりまじった複雑な心情は、感動と対話を綴るように植物の世話をしてきた体験の証である。そんな子どもたちであるから、実習生の苦労がよくわかる。彼を中心に子どもだかりがみるみるできる。「ありがとう!」の連呼が止まらない。汗だくの彼に感謝のシャワーが降りかかる。照れ笑い、しきりに頭を掻く彼であった。
後日、この日のエピソードを彼の母から頂戴する。いつになくうれしくて堪らない様子の彼は、園であったこと、子どもたちからたくさんの「ありがとう」をもらったことなどを母に伝えた。そして、早々に実習記録に取り掛かったという。ところが、思いと文章力のギャップからか捗らない。わからない字があるらしい。しばらく様子をうかがっていると、これまで関係がぎくしゃくしていてほとんどコミュニケーションらしい関わりのなかった弟のところへ歩み寄り「字を教えてほしい」と頼んだというのである。兄からの初めての依頼に弟が字を教える。
「あ・り・が・と・う!!」やっとのことで書き終えた彼は、万感の思いを弟に告げた。嬉しくて涙がこぼれたと母は振り返る。「きっかけは園での子どもたちとの触れ合いです。彼が、あんなふうに大勢の人から感謝の言葉を伝えられたのはおそらく人生で初めてのことだったと思います。それはどんなにうれしかったことでしょう・・・。」
畑仕事を好まなかった子が茄子の成長に驚き、心を奪われる。名前を覚える。仲間が手伝う。嬉しい発見をさらに仲間同士で伝え合う。そのコミュニケーションの間にいくつの「ありがとう」が交わされたことであろう。いつしか土の汚れも、夏の暑さも、当初は世話する意味や価値の分からなかった面倒くささも夏の空に溶けている。畑仕事を好きになるという一つの成長をみても、それを支える自然環境、生活環境・スタイル、仲間たち、様々な事柄が関わり合っている。その真ん中に、「ありがとう」の夏。