『「へたり」はパワースポット』のお話
理事長 すぎもと かずひさ
我が園のシステムキッチンは段ボールで出来ている。フライパンも、レンジも、リビングに置かれたテーブルも、椅子も、である。調理台の上には段ボールでかたどった芯の握り手に赤色ビニールテープ、刃先部分に銀紙を巻いた包丁が魅惑的なフォルムで使い手の到来を待ち受けている。
部屋の間仕切りには〇△□のいくつもの窓が設けられ、内と外とのやり取りを誘っている。さらに、その先にはトンネルや太・細・長・短の筒を取り付けた壁、大・小・高・低、幾種類もの扉のついた小部屋がリズミカルに連なり、遊び心に火を灯す。
このたたずまいは、遊びの主である子どもや子どもごころを持った大人の登場により、さらに風合いを増してゆく。もたれたり、つかまったり、のぞきこんだり、喜び満載、好き放題の行為が眼にも愉しい「へたり」をつくってゆく。この場所が楽しい行為のメッカであり、幾度となく繰り返される遊びの多様な行為によって形作られてきたことを物語る。
「なぜかしら、これが人気なんですよね」と、その中の小さな箱を指差し、ある保育者が語り始めた。新たな工夫や意匠をこらしたまわりの段ボールたちと比べて明らかに見劣りのする小さな箱だ。圧力と重力、遊ぶ子どもの様々な関わりによって、ひしゃげ、元の立方体の角が落ち、全体的にまあるくて可愛い。語る保育者の瞳には、無邪気に笑い、生き生きと遊ぶ子ども達の姿が映っているに違いない。遊びこまれた「へたり」の曲線部分を銘器ストラディヴァリウスの胴を撫でるようにしながら、昨日の保育を愉しく語る。
「へたり」はパワースポットだ。子ども達の人気を集めて触られまくる。一つ一つの行為は星の瞬きのように消えてゆくけれど、「へたり」は流れ星のように遊びの軌跡として現れて、今ここに在る。永遠ではないけれど今日の遊びの風情として、子どもを惹きつけ、遊びを盛り上げてゆく。遊びの天使が遊びこむほどにもたらした壁や扉の歪み、天井の傾斜が醸し出す風合いは、わたしが・・・、仲間が・・・、保育者が・・・、みんなが、躍動的に愉しんだ経験の賜物なのである。
過去の体験が、今に生きて、今を生きる。その意味は深く、大きい。遊びが生きがいを育んでゆく所以である。日常的な有用性には直接的に結びつかないかもしれないけれど、充実の人生には不可欠である。生きる意味を生成するプロセスのそこかしこに、つつましくも幸せな風景がある。