「子どもと大人の時間が発酵する童心のつどい」のお話

「子どもと大人の時間が発酵する童心のつどい」のお話

理事長 すぎもと かずひさ

子どもと私たちは、「人生を世界や仲間と生きている実感」を、毎日の遊びの中で描きつづけています。みんなのきの各園には、いわゆる「失敗」という言葉が、なかなか立ち上がりません。こぼれた、破れた、うまくいかなかった。子育てや保育の場で当たり前に起こる出来事を、まずはただ「起きたこと」として置き、ありのまま受け取って、次の遊びへと転じていく。そんな保育文化を、私たちは「こどもをまんなか みんなまんなか」文化として、おいしく発酵させていきたいのです。

コップにお茶が入っている。口やのどを潤してくれる「よろこびの液体」です。液体の仲間たちは、台所や手洗い、風呂、水たまりなど、そこらじゅうに息づいていて、たまらない出会いを運んでくれます。目に映るだけでうれしい。机の上にあると、自然に手が伸びる。ところが、ときに世話をしようとする大人と出会い頭にぶつかり、お茶がこぼれることがあります。手の届かないところに置かれると、触りたい気持ちは俄然高まり、手を伸ばす、体を伸ばす。振動や重力が椅子や机を揺らし、傾きが生まれ、「ガシャン!!」。

さあ、人生のターニングポイントです。一般には「失敗」と呼ばれがちな出来事を、子どもたちは、かけがえのない命の現象として生きています。そこを大人がどう受け止めるか。発想の転換が、子どもの行為と感情を包み、そして大人自身の心も包み直してくれます。さらに、起こることすべてを、命の表現、姿跡、作品として感謝し、祝福する感性世界へと導いてくれます。そんなプロセスをともに生きる子育て・保育の光景は、子どもたちが世界と交渉する力の、いちばん素直なかたちを育みながら、「しあわせ遊想力」として発酵していきます。

園の環境を見渡すと、子どもたちの姿や言葉から生まれた歌があり、踊りがあり、衣装があり、セリフがあります。保育が発酵してきた具体の出来事が並び、私たちの保育の芯が、そのまま息をしています。大事にしてきたのは、子どもの発想を当てないこと。次に何を言うか、何をするかを予測して先回りするのではなく、未来を縮めずにふくらませるための条件――安全、材料、時間、場所、再開点、合流点――を整えること。出来事が発酵する余白を守る、保育者の魂があります。すぐ直さない。すぐ答えない。すぐ決めない。すぐ次へ送らない。
かわりに、出来事を遊び、名前を与え、問いを置き、手段を増やし、姿跡として愛でる。時間を味方にして、「余裕・合間・待つ」よろこびを分かち合う。身につけた力を使いたくて仕方ない子どもたち。創造的想像力に満ちた、こころのふるさと――「童心のつどい」がやってきます。

目次