『 ぴゅしす と なんじゃ の かくれんぼう 』のお話②
理事長 すぎもと かずひさ
前号では、運動会までの道程そのものが子どもと保育者による創作童話のプロセス体験であること、そのお話の主人公は子どもたちをイメージしたキャラクターであり、子どもたちは各々に自分なりのイメージやストーリーを発酵させていくこと、それが子どもの数だけ自由に絡み合い遊び継がれていくこと、さらに、今年度については二つの主人公があり、その一つが「自然・本性・生成」などを意味するギリシャ語の「ピュシス」であること等々についてお伝えした。今月はもう一方の主人公「なんじゃ」についてのお話である。
出自は、レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」をモティーフに書かれた三宮麻由子氏のエッセイ「センス・オブ・何だあ?」である。レイチェルの「センス・オブ・ワンダー」では「すべての子どもが生まれながらに持っている「センス・オブ・ワンダー」、つまり「神秘さや不思議さに目を見はる感性」を、いつまでも失わないでほしい」という切なる願いが込められていた。その感性を持続し、育みゆく源泉となるのが三宮氏の「センス・オブ・何だあ?」であるとの思いから「何だあ?」をもじって「なんじゃ」と命名した。かくれんぼうさながらに「ピュシスたち」と出会い、幼心の鮮烈な記憶として一人一人の心身の奥底から隅々まで浸透させてゆく体験を夢見ている。
三宮氏は4歳の時に眼の感染症を患いその手術後から、一切の光の世界とさよならした。いきなり訪れた「シーンレス」な世界から「シーンフル」な世界へ、彼女はどのようにして周りの世界を感受し、世界との一体感や無限の広がりを享受するまでに至ったのであろう。まさに「感じて育つ」の副題通り、「聴覚」や「嗅覚」、「触覚」などの彼女自身の感覚たち、磨きゆかれる行為の活躍とともに、私たち人間にこの場を与えてくれているこの世の森羅万象を愛し、人間の内なる自然を共鳴させながら、鳥や虫たちなどの存在、その自然の生命とともに生きてゆくこと、日常生活と一切の自然環境の尊さについて自らの体験に基づいて綴っている。
「いま聞こえくるこの鳥の声は何だろう?」、「いま触っているこの植物は何だろう?」、眼の前に広がる「これは何だあ?」の探求が、子ども=人間の「ワンダー」を喚起し、瑞々しい生の脈動のままに子どもたちにかけがえのない体験と豊饒な「いま・ここ」の世界の循環をプレゼントしてくれる。
彼女は最後にこう締めくくる。『「センス・オブ・何だあ?」を一緒に楽しみ、感覚を共有してくれる大人は、子どもにとって素晴らしい導き手となるでしょう。私たちがそんな大人になれるよう、これからも感覚のアンテナを広げていこうではありませんか。』