宇治福祉園について

「子どもの詩の大合唱」のお話

2021.4.5

「子どもの詩の大合唱」のお話

理事長 杉本 一久

子どもと共に歩み、育んで来られた思い出の原風景を刻み込もうとシャッターを切り、カメラを回す何人もの卒園児の保護者さん。入園したあの日から、我が子が這い、走り、食べては遊び回ったこの園舎、園庭のそこかしこ。それは私達保育者にとってもかけがえのない思い出でもある。

一期一会。「あたため合う関係」は日毎に積み重なってゆく。幾年もの保育の営みを通して紡がれてきた感動は、保育者の貴重な心の遺産として今日の子ども達へ注がれてゆく。関わりゆき、関係が温まってくると温かな気が交わり合い信頼と安心の世界が出現してくる。その土台の上に一人一人の子どもが主人公の園生活が始まる。

子どもは好奇心の天才である。好奇心から意欲的な活動が芽吹いてゆく。遊びとはモノやヒトなどの身近な環境との関わりを通して、面白い仕方、楽しい仕方、心地良いあり方などの関わりを見つけ、工夫し、思い思いに交換し合う活動である。その過程で、泥遊びや栽培、飼育などの実体験を通して、泥の感触に親しんだり、植物の成長に驚いたり、ままごとのご飯に舌鼓を打ったり、蟻のお家をつくったりと、一人一人の子どもがそれぞれの仕方で表現を楽しみ世界を繰り広げてゆく。

また、子どもは生命を宿らせる天才である。小さな手のひらに握った泥を空にかざして見つめる1歳児さんのキラキラした瞳は、石や木の葉や花びらなど手にしたものすべてに生命を宿らせてゆく。人形を膝抱きに優しく撫でながら見つめる2歳児さんの穏やかなまなざしは、本物のお母さんと見紛うばかりに真摯な面持ちである。真剣に役になりきるこのような心持ちが、想像の世界に現実味を与え、遊びの世界に多様な生命を宿らせてゆく。

さらに子どもは思いやりの天才である。言葉で通じ合わなくても雰囲気を分かち合い、見つめ合う。真似っこするようにもなると互いに模倣し合い、ただそれだけで笑い転げている。笑顔の揺らぎが全身を伝わり手足のバタバタが止まらない3歳児さんの行進はどこまで続いてゆくのだろう。年長さんから小さなお友達へ、散歩で出会う市井の人々へ、施設訪問で出会う高齢者さんへ、優しく素直な感情交流が思いやりの心を育んでゆく。 そして、子どもはつくる天才である。遊びをつくる。世界をつくる。仲間をつくる。自分をつくる。「みんなのき保育」の真骨頂は「創造的想像力を生き生きと発揮する体験」に象徴される。子どもの詩。大合唱の始まり始まり~。