『かかし と たかし の みんなのき時間』のお話

『かかし と たかし の みんなのき時間』のお話

理事長 すぎもと かずひさ

稲穂が色づき始める。苗をいただいた生産者さんはもとより、今日までの生長を支えてくれた土、日差し、雨など、環境たちへの感謝の念が、愛着に満ちた栽培の記憶とともにめぐり結ばれてゆく。そんな時間の地層が、よき味わいを醸している。一方、稲のふくらみも体験の喜びも実ったからこその「不安」が、子どもたちの胸をざわつかせはじめているようだ。それもそのはず。まるで「おいで、おいで」をする手のように首を風にたゆませ、黄金色を空に放つ稲穂。それが鳥たちの眼に飛び込んでいく。

お当番さんが階段を駆け下りてくる。屋上の稲穂プランターのすぐそばに、一羽、二羽と鳥さんがやってきているとのこと。あっという間に身も気もそぞろの子どもたちの渦がわきだし、今年のかかしづくりの話し合いが深まってゆく。事件は、その直後に起こった。子どもたちの話し合いは、いつもひと塊ではない。あっちでぺちゃくちゃ、こっちでがやがや。近くの友だちと話しているかと思いきや、向こうの会話にお邪魔する。そんな複層的なおしゃべりから、誰が考えたのか出自さえわからないアイデアが生まれてくる。この瞬間もそうであった。「かかし」をつくろうという輪のなかに、「たかし」をつくろうと真剣に思い込み、向き合っている仲間がいたのだ。

活発なおしゃべりでざわつくなか、耳なれない「かかし」が「たかし」に聞こえることは容易に想像できる。そんな経験を誰もが味わってきたからだろうか。この子どもたち、この保育者たちが積み重ねてきた時間から生まれる共感とやさしさが、その後の「あっぱれ」な展開を生み育てた。

なんと「たかし」は、「米を守るかかし」のきょうだいにでもなりそうな、「鳥を守るたかし」として新たな役割を担うことになったのだ。

「たかし」と聞こえた一人の言葉が、修正も消滅もすることなく尊重されていく。大切なのは、一見、間違いとも思える場面で、子どもたちが実に自然に、仲間の言葉をそれぞれのこころのままに受けとめたことだ。一つに戻さなかった時間が、二つの世界を育てた。「お米を守るには、鳥を追い払わなくては」という世界に、「でも、鳥も生きている」というもう一つの世界が生まれた。

かかしがいて、たかしがいる。お米を守りたい気持ちがあり、鳥のいのちにも心を寄せる気持ちがある。偶然から生まれた小さな揺らぎが、友だちとの対話にひびき、違和感や気づきとまざり、やがて二つの造形、二つの役割、生きものとの新しい関係をわきださせていく。

正しいという枠をほどき、そこに生まれた新たな意味とともに過ごしてみる。一つだった世界が二つになり、二つの世界が響き合いながら、新しい世界が生まれ、醸されていく。

鳥を見張るかかしは、四方に顔を持つ。
鳥を見守るたかしは、空を見上げている。

そんなかかしとたかしが並ぶ屋上を、今日も「みんなのき時間」がゆったりとながれていく。

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